音楽

iPhoneアプリ『RjDj』が提示した世界

2008/10/25

友人から教えてもらったiPhoneアプリ『RjDj』(¥350)。早速購入して、いろいろいじってみたところ、イーノの『bloom』を軽々と飛び越えていることを実感しました。本当にすごいです。感動したし、絶望しました。

音楽と社会がどのように変わってきたのか

なんでこのアプリがすごいと思うのか、その背景を自分のためにもまとめてみます。これは、増田聡さんと谷口文和さんの名著『音楽未来形』より、哲学者ジャック・アタリの『ノイズ』での議論を整理した部分をもとに書いてみたいと思います。

アタリは「レゾー(系)」という概念で音楽と社会の関係について説明しようとしました。レゾーとは「音楽の源泉とそれを聴く者とを結ぶチャンネルの総体」とアタリは表現していますが、これは音楽の生産・流通・聴取といった一連の動きの構造、という感じでしょうか。
このレゾーには、ひとつ前のレゾーが成熟したときに誕生する特色があるようです。

供儀のレゾー
まず音楽は神話的な社会秩序を維持するためのものだった。
演奏のレゾー
次に音楽が儀礼的なものではなくなり、音楽自体への興味が高まることによって、音楽はコンサートホールなどで集団で聴かれるものになった。またそこで演奏される音楽は、楽譜によって内容を記述し制約することで成立していた。
反復のレゾー
19世紀末に誕生した録音技術によって、音楽はコンサートホールで一度きりしか聴けないものから、レコードで何回も聴くこと(反復)ができるものに変わった。プライベートで聴くことも可能になった。
作曲のレゾー
いままで「消費」という行為で音楽と接していたが、これからは「作曲」という行為がそれに変わるのではないか。DJや、シンセ、サンプラーなどの誕生はその萌芽なのかも。

というのが、(大ざっぱにまとめてしまいましたが)音楽と社会の流れになります。こう見てみると、あらためて「音楽」というものに決められた形はないなと気づかされますし、いまこのレゾーが変わるときに生きているのかも、と思うととても楽しくなります。

「RjDj」について

RjDjについては、もういろんなところで書かれていますので、簡単に。RjDjはユーザの環境音(たとえば通勤途中の電車の音だったり、タイプ音だったり、コーヒーをすする音だったり)を加工して「音楽」にするアプリです。
iPhone付属のマイク付きイヤホンを使ってその場の音を入力して、リアルタイムに(終わりのない)「音楽」を生成してくれます。
その加工の仕方もいろいろあり、入力音からアタック音を拾ってドラムパターンを永遠に作る WorldQuantizer なんかはMatmosやHerbertな感じです。

RjDjでは、環境音を加工するロジックをシーンと呼び、このシーンがひとつだけのものをRjDj Single(無料アプリ)、5つのシーンが内蔵されたものを RjDj Album としています。
これからもシングル(シーン)がリリース予定のようで、ジャケットを見る限りではどれも楽しそうなものばかりです。これは単なる冗談ではなく、このシーンを新しい楽曲の形態だと捉えているからではないでしょうか。

「作曲のレゾー」?


「反復のレゾー」の時代にもコンサートホールがあったように、レゾーは前のレゾーを完全に駆逐するものではなく、その上で新たな系が発展していくわけで、誰かがつくった「作品」を聴取するという形態は恐らくなくならないのでしょう。
ただ前述のKaossilator等の新しい楽器、先日の「bloom」や、そして今回の「RjDj」の登場は、それぞれ粒度が異なるにしろ、「作曲のレゾー」を感じさせるできごとでした。

「作曲のレゾー」における「楽器」は、かならずしも「音楽制作の装置」として明確なかたちをとるようなものに限定されない。これまでの考え方では音楽を消費するための装置だったオーディオ装置やコンピュータ、携帯型プレイヤーなども、デジタルデータとしての音楽を人々が操作するものという意味で「楽器」なのだ。
音楽未来形

いろいろなツールが出てくる中で、「作曲」をどのように定義するかが非常に曖昧になっています。Ovalのようなソフトウェアを作った人が作曲者であるような気がするし、そのソフトを使って曲を作った人が作曲者でもある気がするし、そもそも作曲者という概念自体あまり意味のないものになっている気もするし。ただ、音楽を消費するという形態から、生産的な活動による享受へと音楽の関わり方が変わりつつあるのは確実のようです。その生産的な活動を支える「楽器」へのアプローチとして、ここ数年で色んなものが出てきているというのが現在の状況なのではないでしょうか。

とくにiPhoneは楽器として考えると、とてもおもしろい端末です。意識的なインプット(文字や線の軌跡など)に加え、無意識的なインプット(今回のようなマイクによる環境音の入力や振動)が可能となった端末。そしてそれが携帯されている状況。

先日のbloomの面白さは、通常の楽曲としてのリリースに加えて、その曲に用意された音をユーザが足していけるというインタラクティブ性のバランスや、iPhoneの携帯性とアンビエントの親和性にあると思います。

今回のRjDJは、ユーザの環境音を素材として楽曲にするアプリ(プラットフォーム?)です。その素材はユーザが手を叩く音であったり、電車が走る音であったり、ハイヒールの足音であったりします。これらの意識的/無意識的な「音」が音楽として変化する感覚をコンシューマ製品上で実現し、またPure Dataを用いればまた新たな楽曲の枠組みを追加できるプラットフォームの提供をRjDjはやってのけています。

いまはマイクのみのセンシングですが、iPhoneの他のセンサーを組み合わせれば、もっと生成音楽上の「反応のリアリティ」を感じることができる音楽が実現できるのでしょう。夢が広がるとともに、この次に何を考えるべきか途方に暮れています。


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